風の強い一日。水田に風が渡るのが見える。平らな関東平野が終わりに近付いていることが僕の足から感じられる。宇都宮は昔から関東を奥州から守る砦だった。今日はここから、白河の関を越えていよいよみちのくへ!
関東のこの辺は本当にのどかだ。コンビニににおいてある街の広報誌。二期目の市長の挨拶、バイパス道完成の報告、除草剤散布の予告、などなど。人の暮らしの悩み事を解決する、地道な市政。もっとも、のどかなのは良いことばかりでもない。小さな集落を繋ぐ県道を移動しているが、ゴーストタウンのようになっている集落がかなりある。かつてはお店だった建物。ショーウィンドウの中にはものが残されているが、十年単位の日焼けで判別不可能なくらい真っ白になっていたりする。
日本の自転車旅は、コンビニがあるおかげで本当に楽だ。食べ物から充電まで何でも出来てしまう。ただ、日本で唯一許せないのは、コーヒー屋が朝からやっていないこと。世界中から豆が三十種!と書かれた看板を見て、朝だし、コーヒーが飲みたいなと思ったら、なんと営業は11時から。朝やっていないコーヒー屋さんなんて、赤い服を着ていないサンタクロースのようなものだ。どこでもこんな具合だから本当に参ってしまう。
かつて西行法師が訪れたという遊行柳に立ち寄り、ここから旧奥州街道を登っていく。といっても、川沿いであり、大した登りではない。門構えがとても立派な家があったりして、往時を想像してみたくなるが、想像つかない。かつての宿場街であったりしてもおかしくはないとは思うのだが…。
ふと道が川を離れたところに僅かな沢登りがあり、追分。そこから先が福島県、いやみちのくだった。昔の人達が丹念に分水嶺のどこが一番低くなっているか、探り当てたのに違いない。蟻の通り道ができる様子を思い浮かべる。蟻は系統立ててルートを調査したりはしないが、集合知のようなもので効率良い道に収束していく。多分、それと同じ事が起こったのだろう。
小さな神社が建っており、なんでも源義経が訪れたというくらいだからとてつもなく古い。確かに、源義経は奥州に身を寄せているから、ここを通ったであろう。今の時代でいえば、アメリカから中国に前大統領が亡命するような感じだったのではないか。そりゃあ戦争するしかなくなるよな。
追分をちょっと下ると、少しだけ土地が開けて、そこが古より歌で有名な白河の関である。平安時代や鎌倉時代の石碑がゴロゴロしており、江戸時代の考古学研究で…とか書いてあって、僕らにとっては江戸時代が既に考古学なんだよな、などと。ローマ人にとってはピラミッドは太古の遺跡だった、みたいなのと同じ話。高い杉林で光は遮られ薄暗く、苔むした色々な時代の石碑達を見ていると、悠久の時の流れを感じ心が穏やかになる。
更に坂を下っていくと白河の街。駅舎など、真っ白く塗られてまるで高原の避暑地然としている。南湖公園という、湖の周りに作られた綺麗な緑地があり、手入れされた日本庭園などもある。ここで、お茶と藤の花をかたどった和菓子を頂戴する。青紅葉がとても鮮やかで美しいが、秋には更に美しい事になるのだろう。松平定信公の銅像がそこここに建っていて、ここ地元では大切にされている人物なのだなと感じる。飢饉の際に領民に餓死者を出さずに守ったというところも、地元での人気を高めるのかもしれない。功績を評価されて、彼はその後幕府で寛政の改革を実行するのだが、これは失敗。小さな藩を運営するのと、江戸幕府を運営するのと、やっぱり大分違うのだろう。小さい藩の方が楽しかったのじゃないだろうか、などと思う僕はやはり小さい会社の方が好きなのである。
白河を越えると、そこそこの起伏が続く地形になった。低地はことごとく丁寧に開墾され田畑になっている。そこから低い尾根に向けて道が登り始めると、一面の林。尾根を越えて反対側へ道を下っていくと、林が唐突に途切れ、視界がパッと開けて一面の田畑へ…。というのが続く。速度の緩急、適度な登り、視界の変化。時折僕をふんわりと包む、菜の花の優しい香り。気持ちをとても高揚させてくれる区間だった。
郡山の手前で、道端の温泉にさっと入浴。これも日本ならではの醍醐味である。ずっと動いているところに、こうやって静かな一時を挿入すると、本当に心が喜ぶのがわかる。しかも温泉。自分の中の日本人を再確認する一時だ。結構時間は押していたのだが、そういう状況で焦らずのんびりできる自分の心の落ち着きも誇らしい。
郡山市内では、前職の部下の人と落ち合い、彼の友人が経営しているというクラフトビールのお店に連れて行ってもらった。大谷石で作られたかつての蔵を改装したそのお店は、ほの暗く、一日の終わりにはおあつらえ向きだった。夕飯は彼の思い入れのある小料理屋。どうせなら今日見てきた田んぼでとれたお米から出来たここ福島の地元の日本酒を…と思ったら、地元のお酒しかなかった。というか、 日本酒の産地の説明が、そのもそも「福島」ではなく、郡山だったり白河だったり会津若松だったりと解像度が高く感激した。白ごはんもしこたま食べて、隣の席の家族連れとも少し話し、涼しくなった夜の道を自転車を押して帰った。
よく運動し、欲張りにあちこちを見物し、もりもり食べ、たくさん出して、よく寝る。人生の喜びとはかくのごとく単純なものである。


