先日、思うところあって会社を辞めた。季節は初夏。自転車に乗ってどこか旅に行きたいな、そう思うのに大して時間は掛からなかった。どこに行っても必ず思い出深い旅になるという確信もあった。それで、みちのくにゆくことにした。
家から旅立つ自転車の旅は格別だ。見慣れた景色が、だんだんと見慣れない景色になだらかに変化していく。自分を中心とした世界の同心円が、スッと広がる感覚。「近く」と「遠く」は地続きだ、という体感。
見慣れた道で多摩川を渡って東京に入り、細い裏道を通り抜けながら、東京を走っていく。東京では、幹線道路でなくても結構長く続いている裏道がたくさんある。自転車から発見する東京の新しい顔。
商店街から住宅地へ、そして次の商店街へ。早朝なので人通りも車通りもまばらだが、面白いもので、駅がどっちにあるかは人の流れでいつでもすぐ分かる。東急、小田急、京王、中央線、西武、そして東武。西東京では私鉄が人々の暮らしを隔てている。
荒川を渡って埼玉へ。ここから先は僕はまだ自転車で旅したことのない、未知の領域だ。この辺から車文化圏が始まっているのが分かる。建物の密集度が少しずつ薄まり、自転車の人が増え。そんな細かい空気の違いみたいなのを感じながら走るのが楽しい。
武蔵国一ノ宮、氷川神社。緑溢れる長い参道があり、大宮のど真ん中にあるとはとても思えない別世界。都会の真ん中で緑を守ってくれて、神様ありがとうという気になる。思えば、神というのは、「この地」への多くの人々の敬意の集合体に便宜的につけている呼び名かもしれない。 そんな敬意の集合体が、全てのものを傲慢に人間のために使ってしまうのを防いでいる。
この辺から久喜へと向かうところで、一気に風景がのどかになり、ついに田んぼと初めまして。この季節、農家は田植えに忙しい。ヤンマーのトラクターはひょっとしたら日本で一番台数が売れた車なのでは…などという気になる。土のいい匂いと、蛙の鳴き声。何千年と続いている一年の巡り。長いようでいて、考えてみると短い。日本の農耕は高々2000年位だと思うが、この文章だってもう2000文字は越えている。
腹が空いたので、近くで開いているお店を探す。まだ10時過ぎと時間も早く、従って見つかったのも国道脇の24時間営業のラーメン屋となった。キッチンでは湯気がもうもうと立ちこめ、すごい数の店員が忙しくなるのであろう昼時に向けて、熱心に仕込みをしている。段ボール一杯のタマネギを剝いていく、あの手つきときたら!トラックの運転手らしき人々が何人か、慣れた感じで注文しては静かにラーメンをすすっている。
司馬遼太郎さん、見てますか。現代の街道の景色は、これですよ。アスファルトで舗装され、地を揺るがすトラックがひっきりなしに行き交い、物流倉庫が建ち並び。24時間営業の食事処は差し詰め宿場街。
利根川を渡ると、また一つ遠くに来たぞという実感が沸く。すぐさきの古河の街。江戸時代の城下町の建築物が保存されている地域があったので、そこでコーヒー休憩とした。ガラス張りの窓から見える蔵の景色。ずっと動いているから、こうしてコーヒーを一服しながら外を見やって穏やかに過ごすというのはまた格別だ。蔵の中に入って、ちょっと素足を板の間に投げ出してみる。一面の静けさと柔らかい初夏の光。動と静のコントラスト。
立ち去りがけに、ありがちな「どこから来たの?」「横浜です」「えっ?横浜⁈」という掛け合いを地元のおばちゃんとして、ちょっと誇らしい気持ちと背中の翼をもらう。旅先の小さな会話は本当に楽しい。
しかし、今日最高の出会いは、宇都宮のクラフトビールのお店だった。尋ねてみると、小さな店内にバーと五脚のスツール。三人いたお客さんは全員常連で、店主と楽しそうに話していた。僕もそういう輪に入りたくて来ているし、むこうも僕の風体に興味があるみたいで、すぐに打ち解けてすごく楽しい時間になった。タップは三つだけ、しかし毎回少量しか作らないので、来る度にビールが変わりますよ、との事だった。実際、僕がいる間にも一つ空になり別なビールに交換された。このお店の何が特別って、ここではお客さんがお店にビールを持ってきてみんなで飲むのである。常連さんが今日大宮で買ってきたという新しいクラフトビール缶と、店主が指導しているという宮古島の新しい醸造所の販売前の試作品が3つ開けられ、僕もお相伴にあずかった。みんな店主の横須賀さんの感想が聞きたくてやっているのだ。
彼曰く、クラフトビール造りはまず明らかな製造工程の失敗を取り除いていき、ペールエールならこんな感じ、ワイツェンならあんな感じ、という名と体が一致する許容範囲に収める、これで50点を達成するのがまず商品として成立するための及第点なのだという。そして、これは美味しいまずい以前の話なのだ、と訥々と語るのである。一事が万事こんな具合で、ビール造り30年、独立開業して18年というビール造りのプロのビール談義はとても面白かった。常連さん達も当然ながらそれぞれに個性があり、彼らのグループとしての振る舞いがまた面白く、飛ぶように時間が過ぎた。夕食は大学時代の友人夫妻と約束していたので立ち去らなくてはならなかったが、後ろ髪を引かれる思いだった。
僕は僕ですごいところにきちゃったなと思っていたのだが、僕がJenkinsを作ったという話をしたら、常連さんの一人がJenkinsを知っていて、「すごい人が来ちゃったな」と言っていたのが可笑しかった。
見知らぬ街で、親しい人達の親密な集まりに混ぜて貰ったような、心温まる思いがした。
旅というのは、目的地ではなくてそこへ至る道のりのことなのだな、と最近思う。旅の途上で遭遇するこういう体験のために旅をしているのだ。そういう考えになってから、旅の仕方が少し変わったかもしれない。

