Tour de France: 最後の峠と、めくれなかったページ

(前書きを読んでいない場合は、こちらからどうぞ)

フランスで過ごす四週間の、最後の朝が来た。第四の滞在地Grenobleでは、アルプスに囲まれた集合住宅を借り、Nikhilと暮らしながら毎日のように山へ出かけていた。この日は軽く、近くの緩やかな長い坂を登るつもりだった。ところが前日の夕方、Nikhilと相談しているうちに、アルプスのもう一つの有名な峠、Col de la Croix de Ferまで行きたくなってしまった。もうきつい登りは十分だと思っていたはずなのに、彼につられて弱気がどこかへ飛んでいったのだ。

朝になると、そのNikhilが体調不良で行けないという。残念だが仕方がない。しかし僕の方は、もう行く気になっていた。一人で最後の峠へ向かった。

ダムの下から走り始め、ダムを回り込んで、そこへ注ぐ川を上流へたどる。二つの山脈がそびえる、狭く深い谷である。谷底には川が流れ、道はその流れから少しずつ離れて高いところへ上がっていく。

朝七時とあって、土曜日なのに人影は驚くほど少なかった。時折ライダーに追い抜かれるものの、Alpe d’Huezやガリビエ峠の賑わいとは比べものにならない。白樺の林にはまだ太陽が届かず、連日の酷暑が嘘のように涼しかった。山の稜線に横から朝日があたり、空気中に陰と陽のくっきりとした境界線が、何本もできている。それら平行線が描く幾何学的模様が神秘的だ。幾何学には、いや数学には神が宿っている。

Sunrays

両側の斜面から、無数の水が谷底の川へ落ちていた。斜面があまりに急なので、渓流というより滝である。遠い岩肌を伝う白い糸は日本の山を思い出させた。アルプスを削り続ける水のそばを通るたび、ひんやりした空気が身体へ届く。この一週間は暑さに参っていたから、それだけで生き返るようだった。

いつの間にか、川の音がずいぶん下から聞こえるようになった。突然あたりがオレンジ色の光に包まれ、木々の種類まで変わったように見えた。視界が開け、斜面も少しだけ緩くなる。妖精の里にでも着いたのかと思ったが、そこは山中の小さな村だった。四方を山に囲まれ、あちこちから細い滝が谷底へ吸い込まれている。やっぱりここは妖精の里かもしれない。

ところが、先へ続くはずの山の切れ目がどこにも見えない。ん?ここからどこへ僕は向かうんだ?道をたどると、屏風のように折り畳まれた山の裏へ、まだ谷が続いていた。しかも、ここまで稼いだ高度をいったん手放して谷底まで下り、川を渡って反対側を登り直す道だった。せっかく登ったのに、また下る。自転車で山を登っている時、下り坂がいつでもご褒美になるとは限らない。その先に見える急斜面を思えば、むしろ借金のような下りである。

Up

川を渡ると、道は再び上を向いた。目の前まで迫る山から、糸のような滝が左右に落ちてくる。傾斜がきつく、ゆっくり進むにも力が要る。それでも、これまで見たことのない景色だった。しばらくの間、蝶が一匹、僕と並ぶように飛んでいた。

登りが少し緩くなった先に、二つ目のダムが現れた。その上まで行くと景色が一変した。深い谷が終わり、見渡す限りの高原が広がっている。空気は澄み、草原の中を道が遥か先まで伸びていた。遠い稜線の切れ目がCol du Glandonで、そこから道はさらに右へ緩やかに上り、最終目的地のCol de la Croix de Ferへ続いている。

高原は羊たちの国だった。よく見ると、草原のあちこちを群れが移動している。そばには羊飼いと牧羊犬もいる。羊の群れは、それ自体が一つの生き物のようだった。伸びたり縮んだりしながら形を変え、アメーバや空を飛ぶ鳥の群れのように進んでいく。この時間にこの高原にいる羊飼いは、どんな一日を送っているのだろう。ここで夜を越すこともあるのだろうか。頭上に広がる星空を想像した。

Herd

開けた高原を進む道は、最後の登りとは思えないほど気持ちがよかった。やがてCroix de Ferへ着き、三百六十度の眺望に囲まれた。峠のシャレーに座り、記念のビールを飲んだ。高い山の上に休める店があることを、この一週間、何度ありがたいと思ったことだろう。

下り始めると、反対側から大勢のライダーが上がってきた。自転車には番号が付いている。何かのイベントらしく、山頂を目前にした顔はみな苦しそうだった。少し前まで僕も同じ顔をしていたはずなのに、すでに応援する側の気分になっている。つらかったことを忘れるのは早い。

しかし、涼しい山を離れて暑い下界へ戻る気には、なかなかなれなかった。途中のレストランでクレープを食べ、さらに別のレストランで昼食をとった。車へ戻る時間を、少しずつ先へ延ばしていた。旅が終わるのが寂しいのかもしれない。悲しさというより、名残惜しかった。

I don't want to go down

Grenobleの家に戻ったのは午後二時頃だった。荷物を片付け、ゴミを捨て、残り物を食べる。一週間、雨戸を閉めて熱を防ぎ、扇風機を食卓の隣へ運び、Nikhilと食事をした部屋が、また借りた時の部屋へ戻っていく。午後三時頃、Parisの方向へと車を出した。

この日は四時間ほど運転し、途中のAuxerreに泊まる予定だった。一気に走るのはつらいので、中間にあるBeauneへ立ち寄った。Sachaに勧められた、歴史的な貧民救済院を見るためである。貧しい人々のための施設でありながら、豪華な寄付によって建てられた立派な建物だという。

だが、着いた時には最終入場時刻を過ぎていた。扉の向こうを見ることはできなかった。

せめて夕食をと、brasserieへ入った。そこで調べて初めて、Beauneがブルゴーニュワインの首都とでもいうべき街だと知った。救済院には葡萄畑が次々に寄付され、今もワインを造っているらしい。慈善のための建物と、街へ来るまで両側に広がっていた葡萄畑が、そこで一つにつながった。街にはワイン専門店が並んでいたが、こちらも時間が遅く、みな閉まっていた。その代わり、飲食店のグラスワインのリストは充実していた。旅の最後だからと、少し贅沢な地元の白ワインを一杯頼んだ。

ブルゴーニュのワインも、もっといろいろ飲んでみたい。この街に一週間暮らしてみたいという気持ちが、すぐに湧いた。見られなかった救済院、閉まっていた店、飲めなかったワイン。ほんの数時間立ち寄っただけなのに、Beauneには早くもやり残したことが積み上がっていた。

世界は、巨大な開いた本のようなものだと僕はよく思う。どのページをたぐることもでき、それぞれのページに物語が隠れている。この一か月、僕はその本を貪るようにめくった。自転車で知らない道へ入り、目の前に現れたものを調べ、土地の食べ物を口にし、そこに暮らす人と言葉を交わした。一つの物語へ没入したかと思えば、翌日には別のページを開いた。

しかし本を閉じる時が近づくと、読んだページより、めくれなかったページの方が存在感を増してくる。救済院の閉じた扉も、その一枚だった。ロワール川で出会ったChrisも、そんなふうに思うから、何度も旅に出るのだろう。

夕食を終え、再び高速道路へ戻った。時計の上では夜なのに、フランスの空にはまだ夕暮れが残っている。車は時速130kmで大地を進んだ。丘を一つ越すたびに視界が変わり、低い太陽と雲が空を大きく飾っていた。道の両側には、ひまわり畑や小麦畑が広がっている。

写真を撮りたかった。しかし高速道路では停まれない。景色は次々に現れては、フロントガラスの外を後ろへ流れていった。ひまわりの間も自転車で走ってみたかった。あの丘の向こうにも行ってみたかった。撮れない景色を前にすると、まだしたかったことばかりが浮かんできた。

交通量はほとんどなく、ハンドルを握りながら考え続けた。一か月前、San Francisco空港へ向かうタクシーの中で、帰る頃には違う人間になっているだろうと予感していた。これから何が起こり、自分がどう変わるのか、そのことに震えるほど興奮していた。

End of the journey

だが、旅の終わりに大きな啓示が待っていたわけではなかった。人生観が一変したとも思わない。素敵な映画を見終えた時の方が近い。光景や声がまだ自分の中で動いていて、席を立つには少し時間がかかる、あの感じである。

フランスの各地で、その土地に住むというのを疑似体験した。一週間ごとに家が変わり、食卓が変わり、一緒に過ごす人が変わった。自転車で玄関を出て、夕方には同じ場所へ帰る。それを繰り返すうちに、観光地を通過するのとは違う、別の人の人生を疑似体験しているような気持ちになった。四つの別々な生活、まるで四人の人生を体験させて貰ったかのような。それぞれが、こういう生き方もいいよな、と思わせる。フランスの歴史や、文化や、言葉や、地理や、ワインに対する解像度はすごく上がった。そして、その裏返しとして、分かっていないことの大きさもちょっと分かった。

このくらいのレベルで、他の国でも時間を使ってみたい。イタリアでローマの足跡を辿ってみたり、スペインやポルトガルを探検したりしてみたい!日本でもあちこち行ってみたい。そして同時に、旅が仮初めの人生の体験であるならば、僕自身の本物の人生では次に何を選んでいこうか、そのことを改めて考えた。

夜遅く着いたAuxerreの宿は、道端の安いモーテルだった。部屋にはエアコンがなかった。壮大な物思いは、風の抜けない蒸し暑い部屋へ着いたところで終わった。もう少し宿にお金を使えばよかった。ドアを開けて寝るのも、この夜が最後である。

翌朝、自転車を袋へ入れる前に、Auxerreの街を少し走ることにした。蒸し暑い部屋にいるより、朝の空気の中へ出たかった。いつものように早く起き、自転車を組み立てた。さあ出ようというところで、雨が降り始めた。

一週間続いた熱波を終わらせる恵みの雨なのだろう。けれども、なぜ最後のこの時間なのか。仕方なく先に朝食をとった。道端の安モーテルでも、朝のバゲットはふんわりしている。さすがフランスだと感心しながら、もう乗るのは諦めるかと考えた。

やがて雨が止んだ。また降り出すかもしれなかったが、濡れる覚悟で街へ向かった。走ったのは二十キロほどである。日曜日の早朝で、通りに人影はなかった。川沿いまで行くと、向こう岸に聖堂や塔が並び、一枚の絵のように見えた。雨を気にして少し急ぎながら、静かな街を一回りした。これが正真正銘、この旅の乗り納めになった。

Rain that ended the heat wave

前夜の高速道路で旅を締めくくってしまったせいか、その後は淡々と進んだ。空港にも祝杯を上げるような洒落た店はなく、バーは一軒だけだった。しかも、そこで出しているのはアルゼンチンのワインである。フランスの玄関口が旅人を送り出すのに、アルゼンチンのワインなんて許されるのか!?

代わりに免税店で、ブルゴーニュのスパークリングワインを一本買った。旅を終えるのは、家に帰ってその栓を開けてからでよい。フランスを一か月旅しても、見えたのはまだ入口だけだった。読み終わらなかった本を手にしたまま、僕は再び機上の人になった。

comments powered by Disqus