Tour de France: 雨の向こうのワイン蔵

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フランスを自転車で巡る旅の二週目、僕はBordeaux郊外のCréonに一週間の拠点を置いていた。六月十日の朝は早く起きた。大西洋とガロンヌ川に挟まれた三角形の半島、ボルドー左岸を一日かけて走るつもりだったのだ。

まず車に自転車を積んでBordeaux郊外の駅へ行き、そこから列車で半島の先端近くまで北上する。帰りは追い風に乗り、Saint-Estèphe、Pauillac、Margauxと、有名なワイン産地を百キロほど辿って車へ戻る。昨夜の時点では、我ながら実に壮大で鮮やかな計画だった。

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ところが朝、駅へ向かう車のフロントガラスを、激しい雨が叩き始めた。この雨ではとても自転車に乗れない。明日に延ばすこともできる。しかし、せっかく早起きしてここまで来た。最初は列車の中なのだから、その間に止むかもしれない。高速道路脇のガソリンスタンドに車を停め、天気予報を見たり、計画の修正方法を考えたり。しかし、調べるほど考えが千路に乱れ、どうすればよいのか分からなくなる。そうこうするうちに雨は小降りになった。結局、予定通り駅へ向かうことにしたが、今度は列車の時間が迫っていた。これを逃すと次の電車は三時間後である。

車を停め、急いで自転車を組み立ててホームへ行くと、乗るはずの列車だけが電光掲示板にない。雲の切れ間には青空が見えるのに、駅には尋ねる相手もいない。ようやく現れた女性に声を掛けると、英語は駄目だと英語で返された。それでも彼女も掲示板を見つめていたので、スマートフォンの翻訳画面を見せてもう一度尋ねた。女性は自分の画面をこちらへ向け、列車が運休だと教えてくれた。

さらに調べて、ようやくその日がフランス国鉄のストライキだと分かった。雨が止むか、列車に間に合うかと悩んでいた間にも、計画の土台そのものが消えていたのだ。しかし、ストライキとはなんともフランスらしいではないか。ちょっと痛快な気持ちになる。

列車は諦め、駅から自転車で北へ向かい、頃合いを見て引き返すことにした。朝は小雨でも昼からは降らないと予報には出ていた。青空も覗いている。まだ一日は立て直せるはずだった。

走り始めて十キロもしないうちに、また雨が来た。コーヒーを飲める店も見つからず、逃げ込めたのはスーパー裏手のガソリンスタンドだった。屋根を打つ雨の向こうに給油機と濡れた舗装が並んでいる。ワインの聖地を優雅に走るはずが、絵にしたいものもない殺風景な場所から動けない。やはり中止すればよかったという後悔の中で、Kindleで司馬遼太郎の本を読んだりして雨が小降りになるのを待つ。

雨脚が弱まったところで先へ進み、パン屋でクロワッサンとコーヒーを買った。外へ出る頃にはまた晴れていた。空模様に気分まで上げ下げされながら、Margauxへ近づいていった。

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道の両側に広がり始めた葡萄畑は、前日に訪ねたボルドー右岸のSaint-Émilionとは様子が違った。巨大なシャトーは道からずっと奥に建ち、そこまでの距離そのものが畑の大きさを示している。巨大なトラクターが何台も働き、葡萄の根元には明るい灰色の土と、河原で見るような丸い石が無数に転がっていた。小さな作り手が丘に並ぶ右岸に対し、こちらは畑も建物も仕事の規模も大きい。雨に洗われた砂利の明るさと、そこから生まれるワインの富を背負ったような屋敷が交互に現れた。

その中に、赤い壁と鼠色の屋根を持つ一風変わった建物があった。気になって脇道へ入ると、門にはChâteau Cantenac-Brownとある。旅の一週目、AmboiseでSachaが買ってくれたMargauxのワインを造った場所だった。偶然見つけたことが嬉しくなり、その日の午後三時のツアーをウェブサイトから申し込んだ。直前なので返事は期待できなかったが、せめて頼んでみたかった。

さらに五大シャトーの一つ、Château Margauxまで行った。飛び込みでツアーに入れる場所ではなく、働いている親切な人に写真を撮る場所を教えてもらい、先へ進んだ。するとまた雨!今度は本降りになる前に、開店したばかりのレストランへ滑り込んだ。Margauxの赤ワインを一杯飲み、絵を描いて待つ。やがて窓の外に青空が戻った。

しかし十キロも行かないうちに、そう、なんと三度目の雨である。今度も結局、屋根を借りられたのはガソリンスタンドだった。小降りになって走り出しても止みきらず、次の街のレストランへ入って昼食にした。午後からは雨がないという予報を、まだどこかで信じていた。

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店ではベテランらしいアジア人女性と、まだ仕事に慣れていないように見える若い男性が給仕していた。先を急げない僕の前で、昼の店の時間だけがゆっくり流れていく。ふと店内を見ると、ダルマと招き猫がある。壁に掛かった墨書には、日本語で小さく「10周年を祝って」と書かれていた。

僕が日本語で話し掛けると、女性も驚いた。彼女は日本からワインを学びにBordeauxへ来て、飲食店で働くうちにフランス人のシェフと知り合い、結婚したという。この店を開いて十四年。墨書はBordeauxに住む書家へ頼んだものだった。雨が降らなければ、この小さな街で昼食を取ることも、壁の日本語に気づくこともなかった。異国で店を営んできた十四年を、短い会話だけで分かったつもりにはなれない。ただ、忙しい昼の合間に交わした日本語と、ダルマと墨書は、その日何度も逃げ込んだ雨宿りの中で、ここだけに人の輪郭を与えていた。

食事を終えると、外には陽が差していた。自転車にまたがり、改めて北へ向かった。そして十キロも行かないうちに、そう、お察しの通り、またまた雨。

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さすがに今日はもういいやという気持ちになり、引き返す。午後三時の返事は届いていなかったが、朝に見つけたCantenac-Brownへ戻ることにした。平日なら何とかなるかもしれない。先週たまたまこのワインを飲み、今日たまたま畑の前を通った経緯を話せば、迎え入れてもらえるかもしれないという期待もあった。

入口で応対したのは、口髭を生やしたGuillaumeという男性だった。彼はまだメールを見ていなかった。申し込み自体は届いていたが、すでに別の作業を始めているため、その日の案内はできないという。何度も雨に止められ、折り返した末に辿り着いた扉も開かなかった。

しかし、先週偶然このシャトーのワインを飲んだことを話すと、Guillaumeは喜び、明日ならいつでもよいから来てくれと言った。その場では入れなかったからこそ、翌朝の約束が残った。

車へ戻った時、その日の走行距離は90kmになっていた。帰宅前に、前日見つけたジロンド県のバゲット賞一位の店へ寄り、バゲットと惣菜を買った。家では二匹の犬が待っていた。前日は近寄らなかった一匹まで寄ってきて、二匹とも部屋へ入ってくる。バゲットの切れ端をやると大喜び。雨とストライキに一日中振り回され、思い描いた場所へは行けなかった。それでも、壁の墨書と翌朝の約束と、足元に集まる二匹の犬が残った。

翌朝は慌てずに食事をし、十時にCantenac-Brownへ戻った。受付にいたのは昨日と同じGuillaumeだった。その時間の客は僕一人だった。前日の飛び込みを断られたことで、結果として彼に一対一で案内してもらうことになった。英語は流暢で、一度話し始めるとなかなか言葉を差し挟めないほど説明が続く。が、客が僕だけなら僕も遠慮は要らない。僕の話したい、聞きたい話へと彼を誘導していく。

Cantenac-Brownは80haの葡萄畑を持つ。これほどの規模になると、ワイン造りは一人の作り手の仕事ではない。所有者がいて、ブランドの方向を担う人がいる。収穫やブレンドを決める人、畑を管理する人、樽とセラーを仕切る人、葡萄を手摘みする季節労働者がいる。僕には、それが監督と選手とスタッフからなる一つのチームのように見えた。

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蔵では、三人の職人が樽からタンクへワインを移していた。樽の栓を開けると、赤い液体が勢いよく流れ出す。職人は時折それをグラスに取り、蝋燭の火へ透かして何かを確かめていた。巨大な樽を満たす液体の重さと、その傍らで揺れる小さな炎。立派な屋敷や銘柄よりも、その手元を見て初めて、畑で採れた葡萄が人の分担と判断を通ってワインになることが実感できた。

畑の拡大に合わせて刷新したという醸造所は近代的だったが、中へ入ると空調なしでもひんやりしていた。分厚い土壁と地下へのつながりが温度を保っている。採光窓の一部はピンクに染められ、淡い色の光が蔵へ落ちる。冷気の中にはワインの匂いが染みついていた。どこかこの世離れした幻想的な空間。

二階には、ピンクの蔵と対照的な黒い応接室があった。Guillaumeが奥の壁を押すと、それが扉のように開いた。その先は白く塗られ、畑に向いた大きな窓から光が満ちる試飲室だった。余計なもののない部屋へ、外の緑が一枚の景色として入ってくる。赤い壁のシャトーに惹かれて脇道へ入ってから二日、閉じていた入口のさらに奥に、こんな明るい部屋が隠れていた。

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そこでGuillaumeは、ボルドーワインが歴史と格式を重んじるあまり、敷居を上げすぎたと話した。何年も寝かせなければならない難解なものにせず、もっと身近にしたい。近年の出荷量の減少にも危機感を抱いていた。案内とSNSでの発信に携わる彼の言葉は、伝統を守る側からではなく、それを次の飲み手へ手渡そうとする側から出ていた。

一方で、高い価格がこの場所の仕事を支えているのも目の前の事実だった。区画ごとに味の違う葡萄を別々のタンクへ入れ、複数の品種を育て、細かなブレンドを試す。ポンプに頼らず重力でワインを移し、大きな蔵の温度を管理する。それには設備も人手も要る。実用品・日常品として合理性を遥かに越え、わずかな違いのために資源を注ぎ込む、というそのやり方は、僕にはアートに近いものに見えた。格式を解いて身近にしたいというGuillaumeの言葉と、格式を支える精密な仕事が、白い試飲室で同時に見えていた。

一時間半の案内を終え、今度こそ自転車で北へ向かった。前日とは打って変わった青空だった。Margauxの公園で地元の子供たちがサッカーをしている。その横を抜け、D2というワイン街道を走った。昨日昼食を取った店の前も通ったが、もう少し先へ行くことにした。

Saint-Julienのビストロで席に着くと、隣でアジア人女性が一人で食事をしていた。運ばれてきた料理がおいしそうだったので品名を尋ね、僕も同じものを頼んだ。日本から来たと答えると、彼女は日本語で話し始めた。二日続けて、昼食の隣に日本人がいた。

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彼女はBordeaux在住で、ワイナリーを訪ねる人々のガイドと運転をしているという。あれ?お昼ご飯にワインも飲んでいるみたいだけど、それはいいのかな!結婚を機にこちらへ来たが、もともとワインが好きだったわけではなかった。その土地で今はワインに関わる仕事をしている。客を案内する一日の途中だったが、よく話し、僕にもいろいろな話題を向けてくれた。食事を終えて別れ、僕が自転車の支度をしていると、彼女の運転するバンが目の前を通り、運転席から手を振っていった。

Pauillacを抜け、河口沿いの道を北へ進んだ。水辺には漁師小屋のような建物が点々と張り出し、車が停まっている場所もあった。Saint-Estèpheがこの日の折り返し地点。有名なワイン産地でありながら、村の中心には人影が少なく、何軒かの店も閉まっていた。地面にかがみ込み、何かを直している太っちょの男性が一人いるばかりだった。ジーパンの上から半分お尻が出ている。なぜか、可愛らしいな、と思った。

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角を曲がると綺麗な教会。あまりの静謐さに打たれ、自転車を止め、石畳に座ってスケッチを始めた。尻の下から冷たさが伝わってくる。走っている間は距離と速度に押されていた時間が、線を引く間だけゆっくりになる。猫が一匹、目の前を横切ったので、そいつも絵の中へ加えた。前日のガソリンスタンドでは見つけられなかった描きたいものが、誰もいない村の冷たい石の上にあった。

帰りは追い風だった。ワイン街道の両側に大きなシャトーが次々と現れ、黒塗りの車や観光バスが出入りしていた。Pauillacで休もうとしたが、入りたい場所を見つけられないまま通り過ぎた。華やかな街より、石畳に座ったSaint-Estèpheの静けさの方が身体に残っていた。Margauxまでの道は何度か走っており、最後は追い風を借りて強くペダルを踏んだ。脚に負荷を掛けると頭の中が静かになり、道の緩やかな起伏だけが続いた。この日は70kmを走った。

車に自転車を積んだ後、Saint-Estèpheのワインを一本買うことにした。ワイン店で、初めて買うのだが、というと、予算を聞かれ、店員は寝かせて良くなるものと、すでに飲み頃のものがあると教えてくれた。朝、Guillaumeが話していたことがここでここで一つに繋がった。紹介された中から、道中で目に留まった黄色いChâteau Lafon-Rochetのセカンドワイン、2018年を選んだ。ラベルも黄色だった。店には前日、雨宿り先を探している途中にも立ち寄っており、その時の女性店員が僕を覚えていた。

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バゲットと果物を買って家へ戻り、鶏肉をオリーブオイルで焼いた。脂がはぜる音を聞きながら、黄色いラベルのワインを開けた。最初は固く感じられた味と香りが、しばらく置くと開いて素晴らしいワインになった。

列車が消え、何度もガソリンスタンドへ逃げ込み、最後には入口で断られた一日がなければ、翌朝Guillaumeを一人で占める時間はなかった。だが雨が何かを用意していたわけではない。雨はただ降り、列車はただ運休し、Guillaumeにはその日の仕事があった。僕の計画はそのたびに止められた。それでも翌日もう一度同じ扉へ行き、北へ走ったことで、蝋燭に透けるワインと、ピンクの光と、冷たい石畳と、一本の黄色いワインが手元に残った。鶏の脂がまた小さくはぜた。

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