Tour de France: 決めない旅をする人

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フランスで過ごす四週間の最初の拠点に選んだのは、ロワール川沿いの小さな街、Amboiseだった。大体、フランスの中央あたり、パリからレンタカーを運転して三時間くらいのところだ。

スイスに住む、引退した僕の元上司、Sachaが合流して、数日間一緒に過ごしてくれた。 誰かとはじめて起居をともにする、というのはお互いの癖をすり合わせていく新鮮な体験の連続だ。例えば朝ご飯。彼はゆで卵が好きで、僕は目玉焼きが好きだ。同じ台所に立つと、普段は意識することもない習慣の違いが現れる。こういう小さな違いを一つずつ擦り合わせていく。大人になってからは、そんな機会も少なくなった。

のんびり支度をして、自転車に乗り始めたのは九時半頃だった。この日はSachaに合わせたほんの約50kmの予定で、急ぐ必要はない。家を出たところでさっそく足が止まった。畑仕事をしていた近所の人とSachaが話し始めたのである。フランス語の分からない僕は、二人の横で立っているだけのお地蔵さんになる。

泊まっていた家はAmboiseの街が終わるあたりにあるので、五分もせずに家々が途切れた。うねる丘に畑が広がり、その向こうに林。大きな水色の空に、絵本に描いたような小さな雲がいくつも浮かんでいた。わけもなく気持ちが高揚した。

ride out

人影の少ない街から街へと畑の中を抜けていく。大きな荷物をサドルの後ろにくくりつけた自転車が一台、悠々と走っていた。泊まりがけの旅をするバイクパッカーである。僕らは荷物が軽いので一度は追い越すのだが、僕が写真を撮るために止まっていると、また同じ自転車が前へ出ていく。追い越し、追い越され。

交通量の多そうな川沿いの県道を避けて選んだ僕らの道は、人々の軒先を縫うように続いた。庭に投げ出された玩具から、家の中の暮らしを想像する。一人ならもっと頻繁に止まって写真を撮っただろう。しかし今日は同行者がいるので、足を止めるのもほどほどにした。この先にはまだ一か月もあるのだから焦ることはない。と思いつつ、この日の初々しい感覚は今日だけのもの、そんな気もする。

道がロワール川沿いのサイクリングロードに入ると、自転車の数が急に増えた。さっきの人のように大きな荷物を積んだ中年の人々が、一人で、二人で、あるいはグループで、次々に行き交う。これがフランスの自転車文化か!

やがてToursの街へ入った。このあたりで一番大きな街。 街の大聖堂の入口では、小さな子供たちが紙に印刷された大聖堂の絵に色を塗っていた。社会科見学らしい、微笑ましい月曜日の光景である。自転車を停めて中を見学し、外へ出ると、教会の入り口から今度は棺を担いだ行列が現れた。揃いのスーツを着た四人の男が、ぴたりと揃った独特の持ち方で棺を運んでいく。その後ろを花を持った女性。棺はバンの後部へ納められ、喪主らしい女性が参列者に挨拶をしていた。

funeral

迷いなく手順を守る立ち居振る舞いには美しさがある。儀式というのは、決まり事を守ることで誰でも敬意を表現できる、人類の偉大な発明だと思っている。知らない街を通り過ぎているだけの僕の前で、その街の生と死が、ありふれた日常の非日常が、同じ石造りの入口に重なっていた。

行程の半分ほどまで来たところで、街角のテーブルに座ってコーヒーを飲んだ。さっと注文し、その場で払い、飲み終えたら立ち去る。実にヨーロッパ的な効率の良さ。アメリカ人はどうしてこういうことができないのだろうか!

街にはもう一つ、人を集める大きな教会があった。ここで祀られているのは、自分のマントを半分に切って貧しい人へ与えたと伝わるローマ人の将軍で、確かに建物にはマントを着た古代の軍人のレリーフがあった。そしてToursは、遠くスペインのCamino de Santiagoへ向かう巡礼路の入口の一つでもあるらしい。日本で言うならば、伊勢神宮と、その一の鳥居みたいなものか。自転車で街から街へ進む僕の足元から、何世紀にもわたって人々が歩いてきた長い道が延びている。そう知るだけで、目の前の道が少し違って見えた。

Toursを抜ける時には車の多い道も通ったが、やがてルートは川沿いへ戻った。大きな麦畑の隣には、赤いポピーが一面に咲く休耕地。次の村に差しかかったところで、川沿いに席を出している店を見つけ、昼食にした。店の名はL’Auberge du Pont。文字通りに訳せば、「民宿橋本」みたいな感じのところのはずだ。川沿いに並べられたテーブルにはサイクリストたちが座っている。フランスのビールを飲み、魚料理を食べていると、二つ離れた席で食後のコーヒーを飲んでいる男に気づいた。朝から何度も抜きつ抜かれつしていた、あのバイクパッカーだった。向こうも僕らに気づき、そこから話が始まった。

chris

男の名はChris。肌は真っ赤に日焼けしていた。69歳のドイツ人で、フランスとの国境に近い自宅から、ここまで自転車で来たという。すでに少なくとも800kmほどを走っていることになる。この先は大西洋まで行き、海岸沿いを南下してスペインへ入り、さっき話したスペイン版伊勢神宮に行きたい。しかし六月末にはBordeauxで妻と落ち合う約束があるので、そこまでたどり着けないかもしれないらしい。

驚いたのは距離だけではなかった。Chrisは、細かなルートも、その夜に泊まる場所も決めていなかった。寝袋があるので野宿をすることもあれば、ホテルに泊まることもある。先のことを決めてしまうと、旅先で出会うものを楽しめなくなる。それが嫌なのだという。

十歳の頃、初めて自転車で隣町まで冒険して以来、Chrisは遠くへ走ることに夢中になった。スイスからイタリアへ向かってアルプスの峠を越えたこともある。旅の途中で「イスタンブールまで200km」という標識を見つけ、それなら近いから行こうと寄り道したこともある。200kmを近いと思えるようになる、旅で解放されたその心の翼に羨望を覚える。六十年近く前の最初の冒険も、ヨーロッパを走った旅も、彼は鮮明に覚えていた。

旅程を固めず、目の前に現れたものに応じて進む。その方法は、ただ気ままなのではなく、偶然が入ってこられる余白を残すためのものだった。僕も日本を自転車で旅するうちに、予定から外れた場所や予期せぬ出会いが珠玉の記憶を作ることを知り始めていた。大きな荷物を積み、真っ赤に焼けたChrisの姿は、その旅の仕方を何十年も続けてきた人のものだった。

Chrisと別れ、僕らはChâteau de Villandryという美しい古城へ向かった。白い石灰岩の城と、幾何学的に整えられた巨大な庭園が広がっている。庭より高いところにはため池があり、その水が庭を潤していたのだろう。フランス王政が強大だった時代、ルネサンスの印象をよく伝えるところだった。中世の終わり頃のフランスの豊かさを今に伝える場所。そんなことを想像していると、城の裏から聞こえてくる馬の蹄の音。一瞬のタイムスリップ。

villandry

庭園の緑、木陰に設置されたベンチ、水色の空や白亜のお城が本当に美しく、水彩絵の具の道具を持ってきたらここで一日が終わるな、という気分になる。そんな一日もちょっと過ごしてみたい。

Villandryがこの日の一応の目的地だった。ひとしきり見て時計を確かめると、もう三時を過ぎている。夕食を作るつもりなら、そろそろ帰らなければならない。最寄りの国鉄駅へ向かって静かな道を走っていると、後ろから白いオープンカーが追い越していった。助手席には、つばの大きな白い帽子をかぶった女性が座っている。風に揺れる帽子。写真を撮る暇もない一瞬だった。フランス人はお洒落だ。そして、この国には、そういうのをキザだなと思わせない魔法が掛かっている。

Langeaisの街ではもう一つ古城を見学し、仕事を急ぐ様子のないカフェで飲み物を頼んだ。こちらは帰りの列車が気になっているのだが、街には急ぐ理由などないような穏やかな時間が流れていた。

電車が来る時間を見計らって駅についたのだが、一時間に一本しかない列車がなんと50分遅れ。退屈な時間になるところだったが、そのホームでまた一人の旅人と知り合った。North Carolinaで薬剤師をしているStefanである。五週間かけてフランスを旅しているというから、引退したのではないかと思う。歴史が好きで、アメリカでは南北戦争の再現に参加していた。制服を着て行進し、キャンプをし、最後には戦場まで再現する。フランスでも各地の古戦場を訪ねるつもりらしかった。話しているうちに、50分はあっという間に過ぎ去った。

やがて電車が到着し、混んだ車内へ自転車を押し込んだ。Stefanと話しているうちに、Toursまでの時間も飛ぶように過ぎ去った。Toursで乗り換え、Amboiseへ戻った時には六時半になっていた。朝には十分余裕があると思っていた約50kmの一日は、夕食を作る時間まで使い切ってしまった。

空腹のまま店に入り、出てきたパンを何度もお代わりした。地元の甘い白ワインを飲み、デザートまで食べて外へ出る。長い夏の日もようやく傾き、空にはいくつかの大きな熱気球が浮かんでいた。この辺を上空から見たら、さぞ綺麗なことだろう。

hot-balloons

自転車で走ったのは、たった60kmほどである。それでも、子供たちの塗り絵と葬列を見て、巡礼の道を知り、中世のお城を訪れ、ChrisとStefanに出会い、雄大な空に浮かぶ熱気球に見入った。夕食は結局作らなかったし、電車も遅れたし、全く予定通りには進まなかったが、決めていなかったものが入ってくる余白によって、一日は朝に考えていたよりもずっと意義あるものになっていた。そうだ、これが旅だ。

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