Silicon Valley Bankの突然死

ここベイエリアにはSilicon Valley Bank (SVB)という銀行がある。地方銀行ではあるが、全米16位で20兆円の顧客資産を預かっているというから相当の規模である。この銀行が、今朝突然死んだ。日本の人にとっては遠くの世界の出来事だと思うが、シリコンバレーのテック・スタートアップには大激震であるので、その様子を一人のスタートアップ創業者としてお伝えしたい。

第一報が来たのは木曜日の午後2時である。うちの筆頭投資家の一人から、SVBがやばいらしいから六ヶ月分の運転資金はどこかに動かしたほうがいいかも、という短いメールが来た。ニュースを見てみると、株式市場が閉まった後でSVBが売られまくって大変な事になっていた。幸い、うちは半年くらい前に別な銀行に乗り換えたので、特に影響はない。そのようにメールを返した。それに、この時はそこまでは心配していなかった。仮に、SVBにキャッシュが全部あったとしても、この時既にこの日の振込処理期限時刻を過ぎていたので、お金を動かすことは出来なかっただろう。五時過ぎに、別の投資家から傘下の企業宛に一斉メールで、SVBの状況を注視しているというメールが来た。不安感が高まる。

金曜の朝を迎える。株式市場ではSVBの取引は朝から停止。他人事ではないので、ニュースから目が離せない。投資家の傘下企業は横の繋がりがあり、朝一でお金を逃がそうとしたよその創業者達から、振込はもう処理されていないという悲痛な知らせが来る。連邦預金保険公社(FDIC)が介入して銀行が破綻したのが午前9時のことだ。銀行が破綻するのを眼前にするなんて。歴史の変わる瞬間とはまさにこのことだ。誰がこんな事を予期できただろう。

FDICの発表によると、月曜日には営業は再開されるが、その時に取り出せるのは$250Kまで。それを上回る分は「預金証書」になり一旦凍結され、FDICがSVBの資産を処分して換金するにつれてアクセスできるようになる。今までの通常の破綻処理だと、別な銀行が全部一旦引き取って資産凍結が起こらないようにするらしいのだが、今回はそういう引受先がまだ見つかっていないようだ。週末の動向が注目される。政府の介入もあるかもしれない。

企業にとっては、キャッシュが滞るというのは死活問題である。従業員の給与の支払い。ベンダーへの支払い。どの位の金額が出入りするかは会社の大きさによって違うが、$250Kなんて、数百人の従業員がいる会社にとっては数日分にしかならない。ちょうど来週は給与支払の週。テック企業は人件費が一番大きな支出なので、支払のための資金が必要だ。あちこちの会社で、阿鼻叫喚の状態になっているだろうなと想像がつく。短期の繋ぎ融資を探したりしているはずだ。煽りで倒産したというニュースはまだ来ていないのが幸いだ。

SVBとシリコンバレーの繋がり

なぜSVBはテック・スタートアップをほとんど独占しているのか。

シリコンバレーには、工場のようにスタートアップを製造する仕組みがあるのである。大体、まっとうな機関投資家がお金を入れた時点で、新しい会社が作られる。機関投資家は地元の法律事務所ともSVBとも繋がっているので、彼らの流れ作業で必要な書類などが作られる。渦中の当人たちにしてみると、人間ドックに行くとか運転免許の更新に行った時のような気持ちになる。はい、これをやって。そしたらあっち。ここに署名。次にこの人と話して。初体験なのは自分ばかり。大学生の間に迷い込んだ幼稚園児のような気分になる。

投資家とSVBの間には、間違いなく何かの契約が存在していて、自分のところで作る会社はSVBに持っていくという約束になっているはずだ。こちらとしても、周りの創業者は全部SVBだし、あえてベルトコンベアを外れる理由がないから、言われるままである。スタートアップ向けの融資プログラムも充実している。このようにして、SVBがテックスタートアップを独占する仕組みが盤石のものになる。法人向け銀行口座はじゃんじゃん手数料を取られていくから、結構馬鹿にならない儲けになっているはずだ。

もっとも、今回はテック産業の景気の急減速を受けて、その独占が仇になった形だ。

とにかく、SVBから引き上げていたのはとてもラッキーだった。今僕が注視しているのは、他の企業への波及と、今後の資金調達環境への影響である。まあ、でも自分のコントロールできない事を心配していてもしょうがない。仕事、仕事。

波及効果

現在進行系で色々なことが起きているので、暇を見て追記していく。

Brexというスタートアップ向けのお騒がせフィンテック会社が、短期の与信を目玉に早くもSVBのお客の横取りキャンペーンを始めた。SVBの墜落を事前に察知して逃げ出すことができたお金が、木曜日の段階で既に数千億Brexに行ったらしい。銀行は顧客信用チェックなどがあり、新しい口座をつくるのには一週間は掛かるが、Brexは銀行ではないのでもっと早く作れる。さすが禿鷹は仕事が早いぜ。

一方、経費精算・ビジネスクレジットカード会社のExpensifyからは、SVBが取引先の会社の経費精算・ビジネスクレジットカード・請求書支払処理などは全て停止したという連絡が来た。Expensifyは顧客に与信を提供しているわけだから、お客から支払いが滞る可能性が高まったとなると、Expensify自体の資金繰りは大丈夫なのか心配になる。

BrexとExpensifyは競合企業である。Brexはキャッシュの置き場としても使えたから、SVBから逃げ出したお金が入ってきて火事場のボロ儲けになっているっぽいが、Expensifyは逆にババを引いた格好だ。たった一つの機能の差が、こんなに大きく明暗を分けるとは…。

SVBはテック企業のメインバンクというだけではない。ベンチャー債の大口の販売元でもあり、テック企業の大事な資金調達源の一つにもなっている。SVBがどこに買われようと、新規ベンチャー債の発行は大幅に引き締められるだろうから、VC資金の減少とも相まって、テック企業の資本調達環境は一層厳しさを増すことになるだろう。うちの会社はベンチャー債は去年済ませておいて本当に良かった。

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