Seattle to Portland 2023

地元の自転車クラブのメンバーであるカップルが、ワシントン州シアトルからオレゴン州ポートランドまで320キロを二日間掛けて走るイベント「STP」への遠征を企画してくれた。その前の遠征は僕が企画したヨセミテ国立公園一泊ツアーで、それが実に強く心に残ったので、二つ返事で参加することにした。

金曜日、レンタルした自転車用スーツケースに分解した愛車を詰め込んで、空港へ向かった。空港で昼食を取りながら、たまたま向かいに座ったおじいさんと話し込む。なんでも、南カリフォルニアから、こちらの大学で教鞭を執るために平日こちらに来ていたという。娘の日本語補習校で算数の授業参観を見て、算数を教えてみたいなと思った事を話した。算数は面白いんだぞという情熱を伝える事が出来たら。また、聞けば彼も自転車に乗るという。こういう、偶然の出会いが、心に残る意味のある会話に繋がる喜びこそが旅の醍醐味である。旅の出だしで、幸先がいいな、と思った。

土曜日の朝は、遅めの7:30にスタートした。このイベントには5000人の自転車狂が参加していると聞いていたが、交通渋滞を引き起こさないように五分おきくらいに小集団が送り出されていくので、大会の規模感を感じる事は出来なかった。

朝のシアトルの街を駆け抜けていく。警察官が交差点に出て、僕らの進路を守ってくれる。気付けば、大きな湖に向かって道は緩やかな下り坂で、そこからしばらくは湖岸にそって併走する形になった。朝の空気は涼しくて澄んでいて、遠くにはMt.Rainierがそびえ立っている。釣りや、ボートなどで土曜日の朝を楽しんでいる人達。

シアトルを抜けると、風景は徐々に田舎になっていく。名前も知らない小さな街を幾つも通り抜けていく。木々が鬱蒼と茂っていて、その中に農地が切り開かれている。北海道を思い起こさせる植生。自転車クラブの車列に混じり、時には先頭から牽引する。あるいは、脱落して、止まりながら写真を撮りながら進む。結構なスピードで前へと進んでいく。

昼前には、朝早くに出発していたのだろう大集団に追いつき始めた。遅い自転車を追い抜く回数が段々と増えていく。道は今回のルート唯一の登り坂に差し掛かった。といっても、普段乗り回しているサンノゼの山々に比べると、大した登り坂ではない。力強く登っていく。追い抜くペースが更にあがる。気が付けば、どこかで頭のネジが飛んで、自転車クラブの仲間3人と、飛ぶような速度で走っていた。気分が高揚する。そのまま、ランチストップに滑り込んだ。置いてけぼりにしてきたグループの残りの人達から、チームワークを乱してはいけないと真っ当なお叱りを受けてしまった。

夏の日差しは強く、午後には気温は35℃を越えた。しかし、車列は黙々と無慈悲に前へと進んでいく。ただ、休憩所を飛ばしながら進んでいくのには参った。どこかで心のスイッチが切れた。ただ無心でペダルを回し、時にリードし時にリードされ、かけ声を掛けて遅い自転車を追い抜く。目の前のライダーとのわずかな隙間のアスファルトに注目し、路面の危険を回避する。160kmはあっという間に過ぎた。

独りで乗っていたら、レストラン、コーヒー、ビール、アイスクリームなど色々な休憩をするところだ。思いつきで止まって休憩をするというのも自転車行の醍醐味である。しかし、大きなグループではそれは難しいというのも良く分かる。時速30kmで進んでいる自転車の列は急には止まれないのだ。

二日目は、涼しいうちに出ようという事で、6:30amには走り始めた。お陰で、朝の涼しいうちに大分距離を稼ぐ。朝は、光の差し方も面白く、写真を撮るのがはかどる。

道はうねりながらずっと続いていく。緩やかに左右にカーブも描いている。雑木林。畑。牧場。また雑木林。そんな景色のところどころに、小川や線路が挟まる。道はやがて川と合流して、川沿いを進んでいく。

栄養補給には、ミカンが活躍した。このイベントでは、食べ物が充分になかった。お昼のサンドイッチは一人一つでお代わりはナシというのには参った。僕らのグループは公式の休憩所以外には止まらないで進んでいるから、他に食糧補給をすることも出来ない。そんな中で、ミカンはお代わり自由だと言う。ミカン星人の僕は、ミカンをお代わりしまくった。一日10個くらいは食べたのではないか。一応、自宅からエナジーバーを持ってきてはいたのだが、走りながら食べるのに慣れておらず、とくに他のライダーとの距離が近い隊列の中では食べづらかった。

オレゴン州とワシントン州を隔てる川に掛かった、大きな鉄橋を渡る。ポートランドへの入り口にも、別な大きな鉄橋が架かっていた。鉄橋のような、重力に逆らってそびえ立つ人造の巨大な構造物が大好きである。登り切って、対岸に向かってスピードを出して下っていく気分も最高だ。そういった、気分が高揚する一瞬もあるが、交通量の多い大通りの路肩を何10kmとずっと進んでいくところもある。昼下がりの日差しは強烈で、アスファルトは光を反射する鏡のような気がしてくる。広い道路には日陰もほとんどない。体に水を掛けて気化熱で冷やしながら進む。

この日も、160kmは飛ぶように過ぎ去った。気付けばゴールライン。この二日間を一緒に過ごした仲間達と同時にゴールできなかったのは残念だった。ポートランドに入って写真を撮る機会が増え、一人遅れてしまったのだ。ゴール手前で待っていてくれないかなと淡い期待を抱いていたが、そうはならなかった。まぁ、みんなゴールして休憩したいよね。

この日の夜は、宿泊していたホテルの屋上で、胸襟を開いた会話をした。大事な人との人間関係について。写真について。僕の仲間達の事をより深く知ることが出来る貴重な機会になった。アルコールと疲労で少しぼうっとした頭。ポートランドの高層ビル群に沈む夕陽。大学のサークルの夏合宿を思いだした。そんな旅をまた大人になってから出来てしまうなんて。しかも、かつての若者の劣等感や未熟さの代わりに、今は大人らしい落ち着きと知性を備えて。素敵すぎる。

本当に良かった。また忘れられない思い出が出来てしまった。次の遠征をまた企画しよう、と思った。待ちきれない。

Seattle to Portland ride 2023

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