ドラマより面白い、政治的公平に関する放送法の解釈

総務省から出てきた、「政治的公平に関する放送法の解釈」に関する一連のメモがとても面白かったので、忙しいのに引き込まれて読んでしまった。

僕は日本の政治情勢には疎いし、放送の政治的公平に関しては人によって色々な意見があるだろう。そこにはあえて触れない。ただ、ある大きな組織の中での難しい話の進め方というか、腹芸というか、そうか役人の世界ではこういう事が起こっているのか、という発見。裏事情をのぞき見する楽しさ。それについて書きたい。どこぞのテレビドラマよりずっと面白いと思う。

まず、東京新聞のこの記事に、外から見えていた経緯が時系列順にまとまっているので、それを念頭においてほしい。この冒頭にある2014年の秋から2015年の5/12の国会答弁に至るまでのところの裏事情である。

冒頭のシーンは、礒崎首相補佐官が総務省の安藤情報流通行政局長を官邸に呼びつけて25分の面談をするところから始まる。この二人はこの物語の主要キャラである。

情報流通行政局長、というのがどのくらい偉い人なのか、僕にはよく分からない。総務省全体で職員は4500人、局は総務相内で一番大きな組織の単位で9つしかないから、いい加減に考えて数百人を束ねる組織のリーダー。そこそこの大きさの会社の社長位の感じか。

首相補佐官は、この話がドラマになるとしたら悪役である。ご本人の写真を見ると、そんなに悪人顔でもないので、役者を充てるとしたら、誰かな…。優しくも怖くもなれる、ビートたけしとかだろうか。

首相補佐官は、サンデーモーニングという番組が政治的に偏っているのが気に食わないらしく、あれは放送法に違反していないのか、という問題意識を持ち、放送法のそのへんの規定はどうなっているんだ、それはどう解釈されているんだ、それをまとめて国会で答弁にさせたい、という話を局長に持ってくる。

その後、二ヶ月ほどに渡って、どういう事が放送法に違反するのか、その説明を巡るほんの二ページほどの資料を巡って、補佐官と局長の攻防が続く。首相補佐官にしてみれば、サンデーモーニングみたいなのは駄目なんだぞ、と釘を差すために黒とグレーの領域を拡大する感じの資料を局長に作って欲しいのだが、局長はそれは我々の理解とは異なっている、という事でとても消極的。遂には、補佐官自身が作文するのでそれを局長が了承する形に修正するように、という手に打ってでる。攻守を交代する必殺の一手!

補佐官の作文を総務省の見解にされては堪らないと、局長と補佐官のやりとりはさらに熱を帯びていく。というか、細かくなっていく。「可能性がある」vs「蓋然性が高い」、「殊更に」という言葉を入れるかどうか。どういう風に書いたらお互いに了承できる形になるのか。総務省が自発的には言えないが、うまく質問されてしまったから答えさせられてしまったという体なら…。悪く言えば、玉虫色の解釈というやつである。それを作る過程が編集履歴が赤線入りで全部見られる。

読んでいる僕は、何か巧妙な踊りを見ているような気分になった。補佐官の一手に局長が応じ、それに次の一手が…。将棋の対局のようなもの。両者は利害が対立している面もあるけど、それでも何か共通のルールに則って着地点を探っていく。その様には美しささえ感じられる。

ここで準備している文言は、結局は国会の場で、自民党議員からの質問、総務大臣からの答弁という形で「上演」される劇のセリフである。本番ではわずか4問、多分時間にしたら5分10分の話だと思うのだが、そのためにこんなに入念に一言一句を巡って調整されるのか、と。国会の答弁というのは、そうやって作られるのか。ぜひ、中の人には、通常の場合と比べてこれがどの位珍しいことなのか、教えてほしい。

一回の会議が15分、20分と短く、それが二三ヶ月の間に渡って続くというのも面白い。二週間前にした15分だけした細かいテクニカルな話を、あなたは覚えていられますか?よくコンテキストスイッチが出来るな、と。登場人物たちは頭がいいし、この世界の経験が長いのだな、と感じさせる。

サンデーモーニングで何があったのか知らないし、番組を見た事もないが、補佐官がこの番組の名前を何度かあげて悪しざまに語る様子が描かれる。あいつらを懲らしめたい、黙らせたいという思いが、実際に言葉として現れる。僕はこういう事は上品に隠すものだと思っていたので、意外であった。補佐官、悪役にしてもセリフがわかり易すぎない?もっと回りくどくいった方が良くない?補佐官と局長がセリフの内容に一定の合意をしてこの場面が終わる。

と思っていたら、次の場面では、局長が高市総務大臣にこの件を報告すると、いきなり「テレビ朝日に公平な番組なんてある?」ともっとわかり易い発言。これが文書として保存されるとは思っていない感じのあけっぴろげな発言が、固有名詞を交えて次から次へと総務大臣の口から出てくる。まあやっぱりこういう場での発言が外に出てくるとは思っていないのだろうな、と思わせる内容。でも、腹黒いというよりは頭が悪いという印象をもたせる発言になっているのは、実際の本人の性格なのか、僕の偏見なのか、あるいはこの文書を書いた人の印象なのか…。

そして場面は急展開。新しい登場人物が現れる。山田総理秘書官。どうして局長と総理秘書官がこの件で話すことになったのかは資料からは分からない。パッと見では局長がこの話を総理秘書官に持っていったように見える。総理秘書官と首相補佐官、タイトルも似ているし、相対的な上下関係などもよくわからない。

総理秘書官は、この話を聞いて、「補佐官は官邸内で影響力はない」「変なヤクザに絡まれたっていう話」みたいな大変率直な物言い。首相補佐官が進めているこの話を良くないと考えている様子が伝わってくる。そんなのやめろ、という指示。それを読んで、なるほど、局長はそういう意見を予期してここへこの話を持ってきたのだな、と分かる。局長たるもの、官邸内の人間関係・各プレイヤーの立ち位置など、ちゃんと分かっていないといけないわけか…。さすが。

次の場面では、局長から補佐官に、今我々が準備しているような答弁をすると色々波風立つから、あまり話を進める前に菅官房長官に話したら、という提案をする。ここで突然登場する官房長官の名前。どっから出てきたのか。「官房長官に話す」と何がどうなると予想されるのか、視聴者である我々は一切分からないので、面食らう。が、それを聞いた補佐官、激昂。

「何を言っているのか分かっているのか。」「局長ごときが言う話ではない」「俺の顔を潰すようなことになれば、ただじゃあ済まないぞ。首が飛ぶぞ。もうここ(=官邸)にも来ることが出来ないからな」「誰かに言われて、言いに来たのだろうから、今日は怒らない」

むっちゃ怒ってるじゃん…。舞台は一気にヤクザ映画的な展開。職場でこんな言葉が飛び出すのが凄い。僕らには分からないが、官房長官に話すという事がどういう意味を持つのか、両者は了解しているみたいだ。

この場面では秘書官の名前は出てこないが、補佐官の方にはちゃんと局長側に黒幕が付いている事が分かっているようでもある。どっちも首相に近い手下達なのだが、内部の対立があるという事がわかる。当然だよね。

局長、やばい。この内容が、局長から秘書官へ報告される。いよいよ補佐官から総理に本件が報告されるらしい、そうなったら、秘書官はこうしてほしい、ああしてほしい。とにかく官房長官と相談するように進言してほしい。このお願いが泣かせる内容である。

そしていよいよ、この物語で作られたセリフが、補佐官から総理に報告される、本物語の山場の一つが始まる。事前の阻止は叶わなかったが、補佐官から総理への報告の場には秘書官も居合わせて、反対派として意見を述べる。

総理は何と言うか。みんなが固唾をのんで見守る中(想像だけど)、総理は「意外と前向きな反応」。補佐官の勝利が決まった瞬間である。

事後には、勝ち誇った補佐官から、失意の局長に、この総理との会談の様子が報告される。「(笑いながら)あんまり無駄な抵抗はするなよ。何回も来てもらってありがとう」。補佐官はもう、局長がニュースを黒幕から聞いていると分かっているに違いない。悪役ならではの格好良さに痺れてしまう本ドラマのクライマックスの場面だ!

局長から総務大臣への報告。大臣の第一声は「本当にやるの?」。その後の会話の内容から高市さんはこれは結構大きな問題になるなと感じている事が分かる。ここでは、前の場面のような頭の悪い印象は一切なく、とても普通の反応というか、良識的な反応が描かれる。やっぱり本件は補佐官のゴリ押しなのかなという印象を与える一幕。

僕は、最後の一縷の希望、官房長官の鶴の一声はあるのか、と思っていたら、次の場面で、うちひしがれた秘書官から局長に連絡が入り、官房長官には相談しないと決まった、最後に「静観したい」と言う。万事休す。

そして、最後の場面は、参議院総務委員会、自民党の藤川議員が質問し、それに総務大臣が答え、彼らが作文したセリフが淡々と両者の口から語られる様子が流れる。そして舞台暗転。

いやー、面白くない?この駆け引き。ドラマ。手に汗握ってしまう。淡々とした事務的文書が78ページあるだけなんだけど、とても読ませる。分かりやすい悪役。嘘はないが、省略や描写の仕方、要所要所での関連法制や過去の答弁の引用など、うまく編集されているんだろうな、と感じる。編集、という言い方が卑しければ、ちゃんと書いた人の主観が入っているなと感じる。補佐官の立場からしたら、きっと別に言いたいこともあるだろうなと思う。

これが八年経って出てくるというのは、明らかに誰かの意図なので、それについては怪文書という他はあるまい。どういう意図なのか、政治情勢に疎い僕には分からない。

なお、高市さんについて言えば、登場場面は少なく、全体としてはまあ普通の反応に見えるし、総理に引っ張られる感じだし、主導的に何かをしている立場ではないので、なんでこれを捏造だとか議員生命を賭けるほどの大騒ぎをしてしまったのかは良く分からない。八年前の話だし、忘れていた、勘違いしていたって不思議じゃないくらいだ。そんな感じで言って、都合の悪いことは死んだ総理のせいにしておけばいいのに、と老婆心ながら思う。その言葉の揚げ足をとって、議員辞職せよとかも、あまり建設的な言論だとは思わない。

それにしても、人間の営みってこうだよね。うちの両親もかつて国家公務員であり中央官庁の役人だったので、これを読んでどう思うかぜひ聞いてみたい。

この面白さが読者の皆さんに伝わりますように。

補足

中の人から幾つかコメントが付いていたので紹介する。

  • 「僕はこういう事は上品に隠すものだと思っていたので、意外であった」 外面は隠してる(漏れることも多いが)が、身内の官僚同士だと酷い偏見が飛び交ってたりするんよ
  • 半年は稀でも1回答1週間かけて調整は普通にやってた。その回答も某元プロレスラー議員の手元のページめくり損ねで質問まるごと飛んで無かった事にってのもあった
  • ところで、表に出ないだけで、官僚が上司に逆らうのは時々ある。俺も怪文書を作ったことがある。

今この文書が出てきた経緯の推測としては https://fate.5ch.net/test/read.cgi/seijinewsplus/1678231334/12 が説得力があった。(元)補佐官のその後の参院選出馬、落選、補欠選挙が3月上旬に始まるという事実関係までは確認した。が、自民党側から補佐官が出馬するというニュースは確認できなかった

あと、このコメントを読んで確かにそうだなと反省した。乱暴なまとめ。まさにこの記事で自戒した事をやってしまった。

頭が悪いとかの主観をさも当然のように他者に押しつけている主も頭が悪いのだと伝わる文章だった。

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