瀬戸内自転車の旅 四日目: 鳥のように

(前書きを読んでいない場合は、こちらからどうぞ)

一人旅のきままさと、自転車旅の行動力が組み合わさると、鳥のように自由な旅ができる。

早朝の会議に電話で参加してゆっくりスタートする。朝ご飯は何にしようかな。いい加減牛丼屋の朝御飯には飽きてきたところだった。検索に登場したのはうどんやだった。よし、きのうのうどんのセルフのリベンジをしようじゃないの。客の少ない時間も良かったのか、自転車に乗るという店員が、興味を持って話しかけてきてくれた。良い一日を、と送り出してもらう。

丸亀を出発して、坂出の町を抜けるまでは、車も多くて辟易したが、坂出から先は海沿いの村をつなぐ小さな道になり、景色がぐっと美しくなった。入り組んだ入江に寄り添うように道が続き、白いガードレールが、青い海と山の緑にとても映えている。そのガードレールに浮いた錆が、時の流れを物語っている。遠くには瀬戸大橋の大きな曲線。

鳥のように

海沿いの道は、ところどころ工事されて新しくなっている区間もある。舗装が新しいと、ロードバイクはビロードのような滑らかな乗り心地になる。紺碧と白銀に包まれた眩い世界をツーッと滑っていく。鳥が一羽、僕に寄り添うように海を飛んでいる。あの鳥のように、僕は自由だ!ロードバイクは僕を自由にしてくれる。僕の夏休みの気分は最高潮だ。

香川には小さな溜池が無数にある。土地には結構起伏があり、畑も小さい。小麦畑の間に点々とする農家と溜池。これが香川の景色。この風景の意味を考えるのは、翌日のことになる。

そんな集落の一つに、クラフトビールの醸造所が現れた。壁一面の奇抜なアート。この村には不釣り合いにも見えるのだが、作っている人の地元愛と個性の叫びを感じて嬉しくなった。海が見える丘に建っている。こういう時に、急遽予定変更して立ち寄って一服するのが夏休み流だと思うが、残念ながら、午前中は営業していなかった。

クラフトビールの醸造所

視界が開ける度に、自然と笑い声が出てしまうくらい、美しい景色。海の色が沖縄を思い起こさせる。アクアマリンというのか、コバルトブルーというのか。道路工事の人に思わず「こんな美しい景色があっていいんでしょうかね」と話しかけてしまうくらい美しい。彼は微笑んで、「今日は凪じょるからね」と答えてくれた。20kmくらいの長い区間だったのだが、あっという間に感じた。それほどに僕の気持ちは高揚した。

そうやって辿り着いた高松は大都会だった。ここは多分四国一の規模の街だと思う。高松駅は、線路が全て片側にしか出ておらず、ヨーロッパでよく見るような、いかにも終着駅でございという体をしている。駅のすぐそばがお城で、その周りを回るように琴電のかわいい二両編成の電車が走っている。

あてどなく高松市内をちょっとブラブラとし、何キロも続くアーケードの商店街を抜けて、内陸を東へ。この部分が今日は一番辛かった。強い向かい風と陽射しで、かなり消耗した。進んでも進んでも進まない気持ちになる。

道沿いに唐突にうどん屋があらわれ、駐車場が一杯なのに目を付けて、ここでランチ休憩をすることにした。うどん二食連続となるが、このお店に対する好奇心の方が勝った。なにしろ、すごい勢いでひっきりなしにお客さんが入ってくる。これが香川のうどん文化かと思った。観光地でも主要道路でもないここに入ってくるお客さんは、大体みんな地元民だ。家族連れ、現場作業員達、オフィスから連れ立って来たと思しき会社員達。香川の人々の顔に見入る。

香川はうどん

腹を一杯にしたが、暑さは続く。向かい風も止む気配がない。道も真っ直ぐ。精神的に追い込まれ、ぼーっとしながら次にたどり着いたのは、峠の手前の喫茶店だった。涼を求めて入ってみたら、まるで昭和にタイムスリップしたかのような店内だった。懐メロが次々とかかり、店内には所狭しと漫画が積み上げられている。タバコのかすかな匂い、茂りすぎた植物、くたびれたソファ。趣があってよかったし、レモンスカッシュを頼んだらゆで卵が出てきたのにも驚いた。今日は、思いつきがいつもいい結果に結びついている。

峠を越えて東香川へ。ここは和三盆で有名だ。僕も地元の和菓子屋さんに立ち寄って食べておくことにした。お菓子屋さんの店員さんは『弱虫ペダル』を見ていて、僕のバイクを作ったCannondaleという会社のことを知っていた。干菓子もサービスしてもらってしまった。ありがたや。

再会した瀬戸内海は、朝のアクアマリン色ではなく、太平洋のような黒々とした藍色だった。阿波国と讃岐国の違いのようなものを感じる。同じ海なんだけど、面白い。この辺りは島もほとんどなく、水平線まで何も見えない。海沿いの国道をずっと走っていく。暑さも和らぎ、元気も戻ってきたが、相変わらず向かい風は強い。焦らず、無理せず、着実に進むのみだ。そういうのも、技術として学んだ。スポーツにはそういうところがある。心のありようを学ぶところが。

徳島の夕食

鳴門の街に入り、今日のライドは終わりになった。ここからバスで徳島まで行き、そこで弁護士をしている小学校時代の友人と会って、楽しい夕食を共にした。彼は遠方から友人が来たことをとても喜んでくれて、地元の人しかたどり着けないような素敵なお店に連れて行ってくれた。僕の記憶の中のいがぐり頭で方言をしゃべる転校生は、40年の時を経て、弁護士バッジを身につけ、地元の馴染みの店では一目置かれる立派な名士になっていた。彼が選んでくれるものは、疲れた身体にはどれも美味しく、地元のお酒も飲みながらカロリー補給のために白米ももりもりとお代わりした。ここまでの旅で学んだことを話したり、彼も興味を持っているAIの話をしたりもした。気がつけば、お店はお客さんがまばらになる時間になっていた。外に出ると、もう夜はとっぷり暮れていた。

道を走りながら、気ままにあちこちに立ち寄っては、知らない誰かの人生と一瞬の交錯。そして、夜には海の色の違う別の国に来て、時間を超えた邂逅をする。これ以上の自由があるだろうか。

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