旅の最終日の主役は、海ではなく、大地と、大地をゆく水だった。
午後からは雨という予報だったので、朝のうちに走っておくことにした。行き先は鳴門大橋。せっかくここまで来たのだから、鳴門の渦潮を見ておきたい。
ファミレスで朝ご飯を食べながら、徳島を貫く吉野川の治水について調べる。昨晩、バスで徳島へ向かう途中に渡った、その川幅に圧倒されたのだ。ゆうに1kmはあるだろう。しかも河原はなく、その幅いっぱいに水が満ちている。これは利根川や大井川の比ではない。一体どういうことなのか。
調べてみると、太平洋からの雨雲は、四国山地にみんな落ちてしまうらしい。その水が吉野川となって徳島に流れてくる。なるほど、それでこの水量。四国三郎というあだ名がつくほどの暴れ川。裏を返せば、それより北の香川は水がない。昨日、香川を走りながら見た、畑の間に点々とする溜池。あれは少ない水を大事に溜めておくためのものだったのだ。東北のように大河が平野を潤す土地とは、まるで水のあり方が違う。そうやって苦労して水を集めても、足りない。少ない水で育てられる穀物ということで、米より麦を育て、その麦をおいしく食べる文化として、うどんが発達したのだろう。いりこだしは瀬戸内の海から来る。香川のうどんは、乾いた土地と、瀬戸内の海が作った食べ物だったのだ。
僕の発見は続く。吉野川には早明浦ダムという水を貯めるための巨大なダムがあり、下流には池田ダムという小さなダムがある。そしてこの池田ダムは、なんと阿讃山脈をぶち抜いて、水の少ない香川に吉野川の水を送るためのダムなのだという。
川の付け替え、堤防、遊水地。阿武隈川や北上川で見た治水は江戸時代のものだった。しかし昭和の治水は、ダムであり、山の中をくり抜いた水のトンネルなのだ。この山をくり抜けば香川に水をもたらせるじゃないかという壮大なビジョン。それに応える土木技術の進歩。広域にわたる水の利害を調整できる中央政府。そして、そんな大工事を現実に可能にする富。あらゆる面で江戸時代を圧倒する、これが現代の治水か!と胸を打たれた。高知の山地に降った雨が、徳島を流れ、その水を山を越えて香川に送る。四国夢のコラボである。
興奮しながら自転車に戻り、早朝の静かな海沿いの道を追い風に乗って進む。海の向こうに陸が見える。紀伊半島かなと思ったら、あれが淡路島だった。鳴門大橋の袂は、昼には賑わうのだろうが、朝早すぎて何もやっていなかった。潮の流れは速いが、渦潮を見るにはあと一時間ほど待たないといけないらしい。しかし、今日は他にも行きたいところがある。諦めてホテルへ戻る。
今日はここで自転車を撤収し、鉄道に切り替えるつもりだった。しかし、思いがけず青空に恵まれたので、予定を変更して徳島駅まで自転車で行くことにした。僕は当初勘違いしていたのだが、鳴門駅は高松と徳島を結ぶ線路上にはない。徳島駅まで行った方が、高松へ戻るにも早くて簡単だ。ならば徳島駅に自転車を預け、荷物も預ければよい。
昨日はバスで渡った吉野川を、今日は自転車で渡る。これは本当に川というより、海が陸に向かって切れ込んでいるような感じだ。こんな川は徳島にしかないのではないか。
徳島駅は、車両基地も兼ねているのか、無数に線路が枝分かれしていた。そこに二両編成の気動車たちが停まっていて、電車にはないディーゼルエンジンの轟音と匂いをさせている。都会の駅にはない独特の風情があり、一発で好きになった。昭和の地方拠点駅というのは、こういう感じだったのではないか。
徳島駅に着いても雨の予報などどこ吹く風、天気はますます良くなっている。友人が予約してくれたという山中のレストランまで、自力で行くことにした。山間の道を、川に沿って登っていく。舗装も良く、上りも緩やかで走りやすい。久々に街の喧騒を離れられて、心が躍った。そこここに集落があり、農作業をしている。海もいいが、山も最高だ。
時間に余裕を見て出てきたので、少し早く着きそうになった。どうしようかと思っていたら、ちょうど道端にアイスクリーム屋さんが現れた。ロードバイクも一台停まっている。ここでは地元のイチゴを使ったアイスを売っていた。外の強い陽射しと、電灯ではなく窓から差し込む光だけの店内。これもまた田舎らしい風情で実にいい。
徳島で弁護士をしている友人が取ってくれたのは、ミシュランの星が付いていてもおかしくないような、それはそれは素敵なフレンチレストランだった。外見は工場かな?と思うほどなのだが、玄関から先は見事に改装されていて、中に入ると大きな部屋に、開放的な立派なキッチンとテーブルが三つだけ。まだ若いシェフと、女性スタッフ二人だけで切り盛りしている。
コースには、自家製の何か、シェフが山から採ってきた何か、地元農家の食材が次々に現れる。しかも肉は一頭買いして自分で解体するらしい。お品書きの裏には、地元の人々や農家の名前のオンパレード。まるで映画のスタッフロール。口に含むと、最初の味があり、それがまた変化し、余韻は別の味になる。何だか魔法のような品ばかりだった。彩りの良い一品もあれば、歯応えに変化のある一品もある。話をしながら舌鼓を打っていたら、あっという間に三時間半も経っていた。あんなふうに溶けるような時間を演出することのできる料理があるなんて。コースのフレンチには行ったことがあるが、こんなのは初めてだ。
友人は次の会議に遅刻してしまったらしく、慌てて帰っていった。僕はそれを見送り、気持ちよく自転車で山を滑り降りる。今日はあまり脚を使っていないから、まだ元気がある。
徳島城址で見ようと思っていた博物館を、閉館前に急いで見学し、駅前の銭湯で行水をする。地元の若者二人が仲良く風呂に入っていて、その会話に聞き耳を立てる。今度の合コンが楽しみらしい。頑張れ!
自転車を袋にしまい、空き時間を一秒たりと無駄にせず、駅地下で阿波のクラフトビールを飲む。自動改札ではなく、駅員さんのいる改札を通る。懐かしい。ちょうど高松行きの特急のドアが開くところだった。時間のロスなく、こんなに色々詰め込めてしまう手際の良さに、我ながら感心した。
高松行きの特急は思ったより混んでいた。先頭車両の先頭の席になり、前方の線路も見える。高徳線は単線非電化、汽車も小さく短い。しかし、地形が険しい四国では、それが合理的なのだそうだ。トンネルも小さなもので済むし、きついカーブにも対応できる。
しかも、カーブに入るたびに、車体が内側にググッと傾く。まるで自転車のような動きだ。そのおかげで、時速100kmを超える速度で凄いカーブを曲がっても、乗り心地は快適である。振り子式といってカーブに入ってから反応する電車はたくさんあるが、ここの方式は汽車にカーブの情報が予め入っていて、線路が曲がるより前に車体が傾く。F1のレースカーと同じ方式ではないか。鉄道でのこの方式はJR四国が世界で初めて実用化したらしい。乗客のうち、JR四国の技術者のこういう仕事を知っている人がどれだけいるだろうか。見えないところに技術の結晶を込める、おもてなしの心。実に粋ではないか。
窓の向こうでは、山と集落と田畑が次々に流れていく。朝から考えていた水のこと、昼に食べた料理のこと、今乗っているこの汽車のことが、そこでふと一つに繋がった。水も、食べ物も、鉄道も、結局はこの土地の形に対する人間の応答なのだ。地球が気紛れに作った陸や海や山の形が、水や食べ物、交通といった人間活動の根幹を制約し、その制約に応える創意工夫が歴史として積もったものを人は文化と呼ぶ。僕がこの旅で五感で感じたものは、全部一つに繋がっているのだ。
高松駅で夕食。地酒だというので頼んだ香川の金陵月白。調べてみたら、阿波で藍を商って財産を築いたお大尽が、香川で酒造免許を江戸時代に買い、ここで日本酒を作り始めたのが始まりなのだという。今でこそ高松の方が都会に見えるが、江戸時代は徳島の方がずっと豊かだったらしい。吉野川の産んだ藍の財と、貴重な香川の水。この酒には、池田ダムから香川へ送られた吉野川の水も入っているかもしれない。四国のコラボのお酒を最後に飲めるなんて、実に旅の終わりにふさわしい一杯だ。
東京行きのサンライズ瀬戸には、一度乗ってみたいと思っていた。今や日本で定期運行している唯一の寝台特急である。入線した頃合いを見計らって、ホームへ戻る。
申し込んだ時点ではもう個室は取れず、雑魚寝の普通寝台になった。横になると、頭の周りだけ仕切りがあって、周りの人のことは意外に気にならない。頭の上には窓。定刻通りに高松を滑り出て、夜の街を進んでいくのをぼんやり眺める。ローカル線の駅を通り過ぎていくのは、新幹線と違って、人々の暮らしを想像させ、旅情を掻き立てる。旅というのは、新幹線とか、飛行機とか、よそ行きの乗り物に乗った先にだけあるものではない。いつも見知った線路・電車・道をそのまま遠くへ行くだけで、旅になる。言い換えれば、旅は日常と地続きなのだ。在来線の旅も、自転車の旅も、そこが似ている。
瀬戸大橋を渡って、対岸の岡山まではあっという間だった。車内には女性客や外国人も結構乗っていて驚いた。鉄道マニアだけのものではないらしい。今日は満席。僕は床が硬くてどうにも寝られず、時々まどろむ程度だった。でもいいのだ。寝台特急に乗ったら、寝ている場合ではない。
朝が白んできたので、起き出して展望ラウンジへ向かう。小さいながら、そういうスペースがある。朝のラウンジを訪れる人は数えるほどだった。自販機の缶コーヒーで朝の気分を盛り上げる。いつしか、車窓を流れ去っていく駅には、通勤客が並ぶようになっていた。あちらの日常感と、こちらの非日常感の落差がすごい。
小雨の横浜駅で、列を作って上り東海道線を待つ無数の通勤客の前に、自転車入りの大きなバッグを肩から下げながら自転車服で降り立った。見慣れた街、見慣れた駅、日常の景色にどんどんと世界が戻っていくのに、僕の心がなかなか追いつかない。
こうして僕の瀬戸内の旅は終わった。短い期間に、とても多くのことを経験したような気がする。日本の自転車の旅は密度が高い。次はどこへ行こうかな。




