同僚が、最近映画をみて難民問題を身近に感じるようになったという話を書いている。
アメリカでは、難民問題はよりずっと身近である。難民問題に興味を持った人のために、こういうものを読んだり聞いたりするといいですよ、というガイドのようなものを書いてみたい。
アメリカの難民問題の一つは、中南米から押し寄せる亡命希望者達をどうしたらいいのか、という話である。コロンビア、メキシコなど、麻薬カルテルが跳梁跋扈していて、その争いに巻き込まれて命の危険を感じる人達がアメリカに向けて押し寄せてくるのである。その数、一年に100万人単位。
移民排斥を背景に成立したトランプ政権になってから、亡命希望者を受け入れる基準がずっと厳しくなり、亡命希望者を処理する速度も大きく低下した。同時に、亡命希望者はアメリカ国内ではなく、国境のメキシコ側で留め置かれる事になった。なので、亡命希望者は、手続きをするまで何ヶ月もの間、極めて劣悪な環境に閉じ込めらる事になっている。この状況は、バイデン政権になってからもあまり変化していない。This American Life (TAL)がこれに踏み込んだエピソードがピューリッツァー賞を受賞しているので、ぜひ難民問題に興味がある人には聞いてほしい。
トランプ政権の台頭を支えた、アメリカ国内で移民排斥を訴える人達はどういう人達なのか。それについて同じくTALが作ったエピソードがとてもよい。
アメリカの難民問題のもう一つは、Deferred Action for Childhood Arrivals (DACA)である。アメリカでは、色々な理由で何十年にも渡って不法移民が入ってきている。その数、推計1000万人以上。
その中には、物心つく前に、親が不法に国境を越える際に連れられてきた子供達もいる。この子供達は、アメリカで育っているので、自意識としてはアメリカ人である。しかし、法的には不法移民であり、当然にアメリカ市民権もなく、従って社会保険を受け取ることも出来ないし、就学、就労などのたびに常に国外退去処分される事に怯えながら暮らさないといけない。こういう子供達が100万人位いると推計されている。
あなたが、ある日突然、実はあなたは日本ではなくフィリピン生まれであり、日本国籍はないので滞留資格もなく、フィリピンに強制送還されますと言われたらどう感じるか想像してほしい。言葉も分からないし生活の基盤もないフィリピンでどうやって暮らしたらいいのか。途方に暮れるだろう。DACAが対象にしているのは、そういう人々である。
DACAは、オバマ政権時代に、こういう人々に一定の法的地位を与えるための制度として設立された。といっても、国外退去処分されない保証、というだけである。しかも、二年ごとに更新しないといけない。まず、ここに大きな制度の問題点がある。二年間の国外退去処分を免れるために、自分が不法移民であるという事を政府に登録しないといけない。これは慎重にならざるを得ない。政治の風向きが変わったら、この登録情報を元に捕まって強制送還されてしまうかもしれない。実際、トランプはDACAは打ち切ると発表した。その時には強制送還までには至らなかったものの、DACAに登録した60万人の子供達は生きた心地がしなかったに違いない。
自分ではアメリカ人のつもりなのに、自分の法的地位が保証されておらず、二年ごとにステータスを更新し続け、それでも時の大統領の思いつきでどうなるかわからない立場というのは一体どういう気持ちであろうか。想像を絶する。
アメリカの世論では、DACAの子供達に市民権を与える事に賛成している人が多数派である。が、政策としては実現に至っていない。共和党が反対しているからである。この共和党の上院議員で、メキシコとの国境を抱えるアリゾナ州を代表するJeff Flake、この人がDACA問題の解決を目指して失敗する話がある。
余談になるが、自分を取り巻く法律・社会環境のせいで未来に希望を持てずに若者が絶望するというのは、難民問題に限ったことではない。アメリカの構造的人種問題も同じだ。日本の人には構造的人種問題というのがどういうことなのかイメージできないと思うので、再びTALから、シカゴの貧しい黒人街の高校の話を紹介したい。
この学校では、一年で、実に29人の在校生・卒業生が銃で撃たれている。本人の望むと望まざるとに関わらず、地元のギャングに組み込まれていくからだ。高校生の力では避けることができない負の連鎖。あなたがこういう環境に生まれてしまったらどうしたらいいのか。ここで登場するギャングの一つは、ギャング暴力の犠牲になったとある若者を追悼するために出来たグループが発端であるというのだから本当に救いがない。
社会問題というのは、抽象的に理解し、論理的に考えようとしてはいけないものだ。そこで起こっている一人一人の人間の苦しみを知ろうとしなくてはいけないものだ。This American Lifeのエピソードはそういう人々に脚光を当ててくれる、数少ないプログラムの一つである。