未知の世界に飛び込め

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内田樹が高校でした講演についての話を目にした。

世界は変わっているぞ、日本ヤバイぞ、君たちの肩に掛かっているぞ、頑張れ、という話。言っている事に異論はないが、これを高校生に言って刺さるのかな、と思った。日本の未来なんて大きすぎて若者には遠すぎやしないか。そういうのが自分の肩に乗っていると錯覚できるようになるのは中年になってからじゃないのかな、と思った。

先日、大学生になった友人のご子息の相談に乗って話をする機会があった。インド系アメリカ人で、地元の進学校として割と名前の通った高校に行き、遠くの大学に進んだ。父である僕の友人の影響もあってか、Minecraftのモッド作りに精を出して子供向けプログラミング活動の運営に関わっていた事もあるし、Kubernetesを触った事もあるらしいし、高校生の時はRoboticsをやりながら趣味で中国語を勉強していたと聞いているので、まぁよくある(?)良家の優秀な子供である。親が与えてくれる機会を活用しつつも、ちゃんと自分でやりたいことを選んでいって、それがしかも形になっているのが本当に凄い。

彼は今年の夏、テクノロジー会社でインターンをするか、日本に語学留学するかという、贅沢な悩みを抱えていて、それで両方の世界を知っている僕に白羽の矢が立ったわけである。選択を迷っている人に相談を受けた時、どちらかの選択肢に肩入れするのは僕の仕事ではないと思っている。なので、どういう視点が判断の基準になっているのかを聞き出していったら、大学生の貴重な時間を将来に役に立つように使っていくにはどうしたらいいか、を気にしている事が分かった。

こんな優秀な子でも、そんな世知辛い事を考えないといけないのかと思いショックだった。僕から見ると、彼の地頭の良さというか潜在能力はもう充分明らかなので、ただやりたい事さえやっていけば、とても面白い人生とそれなりの社会的な成功は約束されたも同然に思えるのに。そんな子でも将来のために今を投資しないといけないという強迫観念から逃れる事は出来ないのかと思って、ちょっと暗澹たる気持ちになった。

まあ、そういう視点に立ったら日本への語学留学を躊躇するのはよく分かる。そもそも行って何が得られるのかも良く分からないし、日本語を学んだとしてそれが何の役に立つのか。でも、僕に言わせれば、たかが20年位の人生経験から得られる狭い視野で、今の社会構造が未来もそのまま続くという間違った仮定をして、そこから将来価値を最大化する方を選んでいくなんて、実にもったいない事だ。自分の視野に入っていないものはそもそも選ぶことが出来ない。だから、全然未知の世界に飛び込むほうが絶対面白いと思う。清水の舞台から飛び降りてみたら、想像もしていなかった面白い世界がまっていたという体験は、将来の選択肢の判断のフレーミングを変えてくれる。断然そっちだろ。

と内心思い、しかし片方の選択肢を推すのは良くないので、日本は如何にクレイジーで、住んだら度肝を抜かれるぞという話を色々しておいた。将来のために計画的にチェックリストを埋めていかなくていいから、というか君の場合はもう充分埋まっているから、君の心に響く事をやっていったらいいよ、と言っておいた。どれだけ刺さったかは分からない。

一歩々々、手応えを感じる方向に歩いていったら、その後に道が出来て、辿り着いた場所が正解なのであって、目的地を先に設定してそこへ向かって進んでいくというのは順序が逆だ。人生は未来のために今を犠牲にするものではそもそもない。日本のために頑張れとか本当にどうでもいいので、そういうのはそれが好きな中高年に任せておいてほしい。

高校生に講演をしろ、なんていう面白そうな機会は僕のところには回ってこないのであるが、僕ならそういう事を伝えたいなと思ったので、代わりにブログを書いた。

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