蒲田

蒲田という街に泊まることにした。駅の前から、昔懐かしい風情の商店街がスッと伸びている。夕飯を食べなくては、と思い、思いつきで焼き鳥屋に入ることにした。

まだ、6時前である。若い精悍な店主が一人で切り回していた。バーに9席、そして4人掛けのテーブルが一つ。幸い、時間が早いせいか、先客はみな一人。一人の僕にも入りやすい。

そのうち、大学生と思しきアルバイトが来た。それを機に、彼と店主といくばくかの言葉を交わす。昨日、久しぶりに記憶がなくなるほど飲んだんですよ。それってどういう感じですか?僕は記憶がなくなるほど飲んだことは一度もない。飲んで吐いたことが一度あるだけだ。気持ちいい体験ではなかった。それ以来、前後不覚になるほど酩酊したいと思った事はない。でも、彼によれば、飲み方が良ければ、気持ちよく記憶をなくす事が出来るのだという。そんな状態もあるのか。もっと色々試してみたら良かったのかもしれない。

そのうち、店内が混み合い始め、満席となった。男同士二人連れの友人達。中年女性の集まり。店主もアルバイトの彼も、忙しく働き始めた。二人の息が合っていて、何を誰がやるのか、役割分担ははっきり決まっているようだった。多くの言葉を交わすわけでもないのに、ちゃんと仕事が進んでいく。機敏で無駄のない動作。仕事ぶりが見ていて心地よい。狭い店内のスペースが実に効率よく使われていて、惚れ惚れする。

日本だから、僕の勝手知ったる国だから、この場にいる一人一人の人生により深く共鳴できる。店員達やお客さん達の人生がありありと想像出来る。とても愛おしく感じる。

初めての街なのに、故郷に戻ってきたような気持ちになった。蒲田という街が一変に好きになってしまった。

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